大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)1397号 判決

原告 奥山昇 外一名

被告 山口兼治 外一名

主文

一、被告両名は連帯して

(一)  原告奥山昇に対し金三二〇、六五〇円

(二)  原告奥山芙蓉子に対し金三二〇、六五〇円

及びこれらに対する昭和三三年四月六日以降それぞれ完済まで年五分の金員を支払え。

二、原告等のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告等の負担とし、その余を被告等の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実

原告ら訴訟代理人は、被告らは原告両名に対し連帯して金二、〇四一、三〇〇円及びこれに対する昭和三三年四月六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のように述べた。

一、原告両名は夫婦であり、長女奈緒美と長男徹(昭和三〇年生)がある。被告飛島土木株式会社は相当有力な建設業者であり、被告山口兼治は被告会社に雇われて同会社の自動車運転業務に従事している運転手である。

二、原告らの一人娘である奈緒美(昭和二七年五月二三日生)は、昭和三三年三月五日午後三時五五分頃、大阪市港区磯路町二番地先路上(事故現場と呼ぶ)において、被告山口の運転する被告会社住吉出張所所属ダンプカー(大一す三二五〇号、ニツサン一九五七年式、定員三名、積載量五トン)の左後車輪で頭部と顔面を轢過され、頭蓋軟骨及び脳底骨折による脳挫滅を受け、その場で死亡した。

三、右事故現場は、大阪市電境川からその西方の大阪港に至る巾員約三三米の舗装された道路(以下港線道路と呼ぶ)の北側歩道上北端部であり、同市港区市岡元町四丁目港郵便局の筋向い地点である。なお、同道路の中央には市電車軌道、その両側には巾員約八米余の車道、更にその両側には巾員約五米余の歩道がある。そして北側歩道上北端部の本件事故現場から、北方へ、巾員約二間位の横丁とも言うべき無名道路(以下無名道路と呼ぶ)がT字形に伸びており、同道路は北方六〇米余の地点で埋立工事現場に連絡する。なお、事故現場から僅かに東方へ進んだ地点に原告らの居住家屋があり、また、事故現場から無名道路を僅かに北方へ進んだ地点の東側に弥生市場がある。更に同市場の向ひ(無名道路の西端)には焼芋の屋台店がある。

四、被告山口は、その日、被告会社の事業の執行として本件ダンプカーを乗用車のように使用すべく運転し、始め右焼芋屋の附近まで同自動車を乗入れて乗客を下車させたが、この乗客が北方の埋立地で用務を済ませるのを待ち、再び乗車させる必要があつたので、その待時間中に自動車の方向を転換しておけば発車に便利であると考え、先ず、港線道路の車道まで同自動車を後退させ、次で、同車道を東方へ僅かに前進した上、最後に、同車道から事故現場たる歩道を北方へ横断して弥生市場附近まで同自動車を後退させるべく、歩道北端部の本件事故現場まで後進して来た際、たまたま同所を西から東方へ進んで来た被害者奈緒美に同自動車後部を激突させ、転倒させた上、その顔面等を左後車輪で轢過して、本件事故を生じたものである。

五、ところで、右事故につき被告山口は、自動車運転者の遵守すべき次の義務を尽していない過失がある。

(一)  本件の場合誘導者がいないので、被告山口は、発車前に自ら下車して車体の周辺を見廻らねばならぬ義務がある。

(二)  適宜警笛を吹鳴するか、もしくは他の相当な手段を尽して附近の者を警戒させる義務がある。

もし、被告山口が右の各義務を尽していたとすれば、容易に道路上の被害者奈緒美を発見することができ、また、被害者に危険を覚知させることもでき、本件事故の発生を未然に防止できたにも拘らず、同被告は、これらの義務を尽さず漫然同自動車を後退させ、前記のとおり奈緒美を轢殺したのであるから、これは明かに不法行為であり、これによつて生じた被害者奈緒美及び原告等の後記各損害を賠償すべき義務がある。

そして、被告会社としても、被用者たる被告山口がその業務の執行上原告らに与えた右各損害につき、同被告と同じく賠償責任を負うことは勿論である。

六、ところで被害者奈緒美は、右事故により死亡したため将来得べかりし利益金一五二万円余を失い、これと同額の損害を蒙つたところ、原告両名は、その相続人としてこの損害賠償請求権を相続した。

すなわち、被害者奈緒美は健康体であつたため、もし本件事故がなかつたとすれば、やがて短期大学を卒業し、満二〇歳に達した後すくなくとも三五年間は毎月相当の収入をあげ得た筈である(厚生省昭和二九年七月発表第九回生命表参照)そして、同収入から生活費を控除したものが毎月一万円以上であり、従つて三五年間の得べかりし利益の合計が金四二〇万円に達するであろうことは、労働省調査にかゝる昭和三二年一〇月当時の全産業常用労務者一人当り平均賃料月額が金一七、七〇九円、また、公務員の平均給与が月額一七、七七〇円であるのに対し、その生活費は、東京都においても一人当り月額金六、五六二円にすぎない(総理府統計課の調査による)事実に照しまことに明白である。それで、右得べかりし利益金四二〇万円を、本件事故当時に一時に請求するものとし、これをホフマン式に従い計算すると、その現在価は金一五二万円であり、これが被害者奈緒美の蒙つた損害である。

七、次に、原告らの蒙つた損害であるが、

(一)  原告らは、本件事故当時、奈緒美の診断費用として金一、〇〇〇円、また、葬儀費用として金四〇、三〇〇円、合計金四一、三〇〇円の支出を余儀なくされ、これと同額の損害を蒙つた。

(二)  また、原告らは、精神的苦痛を蒙つたところ、これを慰藉する損害額は原告両名とも各五〇万円宛、合計一〇〇万円である。すなわち、

1  原告昇は、東京写真工業専門学校を卒業して川西航空機株式会社に入社したが、その後応召入隊し、昭和二二年千代田光学精工株式会社に入社したけれども、昭和二五年四月独立して写真機商を開業、かたわら写真学校の講師をしており、また、原告芙蓉子は、高等女学校を卒業後、戦時中は教員をしていたこともあり、原告両名は、ともに相当の教育を受け、人柄も温厚誠実で、家庭もまことに円満であつた。

2  それで、長女奈緒美が生れるや、原告らは家族達のため自己の所有店舗を新築しようと計画し、種々苦労をしたあげく、ようやく現住所に土地約一二坪を購入、これに鉄筋コンクリート造二階建店舗約二〇坪を新築したが、その後もひたすら努力を続けたため、今や借財も皆無となり、店員も二名を使用し、いざこれからと希望に燃えていた矢先、突如として奈緒美の惨死に会い、一挙にして悲嘆のどん底に落された。

3  右奈緒美は、病気らしい病気もせず、朗らかで人にも好かれる性質であつたため、原告らは、将来これを大学に進学させ、好きな道に進ませて、同女を幸福にしてやりたいと希望していたにも拘らず、本件事故のためこれも空しくなり、原告らとしては、他の同年輩の女児を見るたびに今更ながら実に堪え難い思いを禁ずることができない。

従つて、原告らの蒙つた精神的損害(慰藉料)は、すくなくとも各五〇万円宛、合計一〇〇万円である。

八、よつて原告らは、不法行為者である被告山口とその使用者である被告会社に対し、

(一)  被害者奈緒美から相続した同被害者が、将来得べかりし利益を失うことにより取得した損害賠償債権の一部金一〇〇万円、

(二)  原告らが医師の診断費用と葬儀費用を支出したため蒙つた損害金四一、三〇〇円、

(三)  原告らの精神的損害金一〇〇万円

以上の損害金合計二、〇四一、三〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三三年四月六日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

かように述べた。なお被告らの答弁、抗弁に対し、「保護者たる原告らに過失はなく、被告会社こそ被告山口に対する監督責任を尽していない。」と述べたほか、被告らの答弁、抗弁事実中、原告らの主張に符合しない部分を争つた。〈証拠省略〉

被告ら訴訟代理人は、原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。旨の判決を求め、答弁、抗弁として次のとおり述べた。

一、原告らの請求原因事実中、次の(一)ないし(四)の事実は認めるけれども、その余の主張事実は争う。

(一)  請求原因一の事実

(二)  請求原因二の事実

(三)  請求原因三の事実(但し本件事故現場を歩道と呼称すること及び無名道路の巾員を除く)

(四)  請求原因四の事実(但し事故現場を歩道と呼称すること及び自動車を被害者に激突させ転倒させたとの部分を除く)

二、本件事故現場の位置は、原告主張どおりであるけれども、それは歩道上ではなく、人車併用道路上である。また、無名道路の巾員も約八米である。なるほど港線道路の両側には歩道が設けられているけれども、たまたま本件事故現場においては、同所から北方へT字型に伸びている無名道路の交通のため北側歩道が切断されており、従つて、本件は歩道上の事故ではない。

三、ところで本件事故は、被告山口の過失によるものではなく、全く不可抗力によるものである。なるほど、被告山口は本件後退開始直前に自ら下車して周辺を調査しなかつたけれども、同被告は、その直前に焼芋屋まで進行し、焼芋屋の営業妨害にならないよう先ず車道に後退し、更に車道をしばらく東方へ前進しており、その際、無名道路の方向はもとより、事故現場たる人車併用道路及びその附近をくまなく注視していたにも拘らず、何ら障害物を発見しなかつたため、あえて下車する必要を認めず、時速二粁ないし三粁位(人がゆつくり歩く程度の速度)で最後の後退を開始した。従つて、後退直前に下車して調査していたと仮定しても、後進方向及び自動車の周辺に被害者を発見することはできず、事故を防止することはできなかつたものである。同被告としては、被害者が何時どのようにして事故現場に来ていたものか当分の間は判断できず、現在においても、多分被害者は、被告山口が後方を注視しながら後退している僅かのすきに、西方歩道から死角である自動車の直後に走つて来て転倒していたものであろうと推測するのほかはない。

なお、その際警笛を吹鳴しなかつたことも認めるが、警笛は自動車の頭部にあり、前進する場合に吹鳴すべきもので、本件のように後退する場合にも吹鳴せねばならぬものではない。当時、街を静かにする運動が行われていたことから考えても、これが同被告の過失でないことは明かである。要するに、本件事故は、飛込にも比すべきもので、被告山口に過失はない。

四、仮に、被告山口に過失があるとしても極めて軽微な過失であるところ、原告らは被害者の保護者であるにも拘らず、監護者もなく幼児のみを道路に放置したのであるから、本件事故発生についてはかえつて原告側に重大な過失がある(道路交通取締法第二五条同施行令第六八条第六号)。それで被告らは、過失相殺を主張する。

五、更に、被告会社としては、被用者たる被告山口の選任及び監督につき充分注意を尽している。すなわち、

(一)  被告会社は、昭和三二年五月被告山口を雇入れたが、同被告は、昭和二三年六月自動車運転免許を受け、じ来約一〇年間無事故で運転業務を続けており、被告会社としてはこの運転歴を充分調査信用して雇入れたのであるから、この雇入れ(選任)に過失はない。

(二)  また、被告会社としては、同被告の仕事が過労にならないよう常に配慮しているほか、毎日、就労前には運転操作につき訓戒し、殊に、踏切通過、後退等の場合における事故防止につき万全の処置を執るよう厳命している。従つて、同被告の業務に対する監督についても被告会社に過失はない。

六、要するに、本件事故は不可抗力によるものである。仮に、被告山口に過失があるとしても極めて軽微な過失にすぎず、かえつて原告側の重大な過失に原因する事故であるから、原告主張の損害額は余りにも多額に失する。なお、被告会社としては、被告山口の選任及び監督につき何らの過失もないため、被告山口の過失の有無に拘らず本件損害賠償に応ずる義務は全くない。

かように述べた。〈証拠省略〉

理由

一、原告らの主張事実中

(一)  原告ら主張にかゝる身分関係(年令を含む)と被告らの雇傭関係、並びに被告らの事業及び業務が原告ら主張のとおりであること。

(二)  原告らの長女奈緒美(昭和二七年五月生)は、原告主張の日時場所において被告山口の運転する被告会社所属ダンプカー(積載量五トン)の左後車輪で顔面等を轢過されその場で死亡したこと。

(三)  右事故現場は原告ら主張の港郵便局の筋向い地点に当る港線道路北端部であり、同所から北方へ横丁とも言うべき無名道路がT字型に伸びていること、右事故現場から僅かに東方へ進んだ地点(港線道路の北側)に原告らの居住家屋があり、また、事故現場から無名道路を僅かに北進した箇所の右側(東側)に弥生市場があり、左側(西側)に焼芋の屋台店があるところ、無名道路を約六〇米北進すれば埋立工事現場に達すること、前記港線道路には、中央に市電車軌道、その両側に車道(巾員八米余)、更にその両側に歩道(巾員五米余)が設けられていること。

(四)  被告山口は、その日、被告会社のため、本件ダンプカーを乗用車のように使用すべく運転しており、本件事故現場附近で駐車する必要を生じたので、始め、本件現場を北方へ進み無名道路上の焼芋屋までダンプカーを乗入れたが、方向転換をして駐車しようと思い、先ず、港線道路の車道まで、ダンプカーを後退させ、次で、同車道を東方へ僅かに前進した後、誘導者による誘導もなく、また、自ら下車して車体周辺を調査することもなく、更に、警笛をも吹鳴せず、前記弥生市場方面に向けて後退を開始し、本件事故現場までダンプカーを後退させたこと、そして、そのときたまたま西方から東方へ進んで来ていた被害者奈緒美の顔面等を同車の左(東)後車輪で轢過し、これを死亡させたこと。

はそれぞれ当事者間に争いがない。そして、右無名道路の巾員が原告らの主張と異り約七米余であることは、検証の結果によつて明かである。

二、ところで、本件事故現場の位置は東西に伸びる港線道路上の北端部に位すること争いはないのであるが、原告らはこれを同道路中の北側に設けられた歩道上であると主張するので、按ずるに、前示争いのない各事実と検証の結果を合せ考えると、なるほど港線道路には両側に専用歩道が設けられているけれども、本件現場から北方へ人車併用道路たる無名道路が伸びているため、この無名道路から港線車道に通ずる部分の港線道路北側には専用歩道を設けの方法がなく、従つて本件現場は、南北の交通にとつては人車併用道路であり、東西の交通にとつてはいわゆる横断歩道(信号器の設備はない)であることが認定できる。これに反する証拠はない。それで本件事故は、右横断歩道(巾員五米余)を、ダンプカーが後退で通過しようとして惹起したものと認むべきものである。

三、しからば、右事故につき被告山口に原告主張のような過失があるであろうか。前示認定の各事実(争いのない各事実を含む)と成立に争いのない甲第一二号証の一、二、第一三号証、第一六号証、第一二号証の一、二、第二四証の二、被告山口本人尋問の結果及び検証の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、

(一)  被告山口は、始め焼芋屋辺りから港線道路車道までほゞ南西に一八米位後退しつゝ車の前部を東方に向け、次で、同車道を二〇米位東方へ前進したのであるが、その間、左方(北方)の無名道路方面はもとより前示横断歩道をくまなく注視し、何らの障害物をも発見しなかつたため、同車道から無名道路に向け、ほゞ北西に静かに後退を開始し、運転台後部ののぞき窓からダンプカーの後方に充分注意しつゝ時速僅か二、三粁(これは人が歩くよりも遅い速度)で一〇米位後退を続け、約二〇秒の後に本件事故現場に達したこと。

(二)  他方、被害者奈緒美は、右ダンプカーが本件事故現場に後退して来る直前に、同年令の友人と二人で西方の歩道から本件横断歩道上に走り出し、事故現場まで来たのであるが、幼児のこととて静かに後退して来るダンプカーに気が着かず、不幸にもたまたま弥生市場方面へ向いて立止つたその瞬間、突然同女の頭上に高さ約一〇八糎のダンプカーの荷台底部が迫つて来たため、これに驚き思慮を失つたものか、頭部を東に、足を西にしてその場に転倒したこと、

(三)  ところが被告山口は、後方(北方)を注視していたため、左方(西方)からダンプカー(荷台の高さ一六八糎位)の直後に走り込み、たまたま立止つて転倒した前記被害者のことを知る由もなく、なおも後退を続けたため、被害者が転倒したその直後にこれを轢殺したこと、

がそれぞれ認定できる。

右認定事実から考えると、被告山口は、本件後退開始直前において、既にダンプカーの周辺及び後進方向を充分注視し、何らの障害物も無いことを確認しており、今更、自ら下車して調査すべき何者もなかつたのであるから、仮に、自ら下車して調査していても、後退開始時刻が同一である限りこの事故を防止することはできず、従つて、自ら下車しなかつた点と本件事故の間に因果関係を認めることは相当でない。次に、警笛を吹鳴しなかつたとの点であるが、後退する場合においては警笛を吹鳴する必要はなくこれが過失に当らないことは、まさに被告らの答弁するとおりである。

四、従つて本件事故は、酩てい運転とか速度違反等の無暴操縦と類を異にするばかりでなく、運転技術の著しい拙劣に基因するものでもないのであるが、しかし、なおかつ被告山口の過失に原因することは次のとおりである。

(一)  本件のような大型自動車が、信号器の設備もない横断歩道を、誘導者もなくしかも後退(バツク)して通過しつゝあるときに、もしも老人や幼児がこれに気着かず突然側面から死角である車のすぐ後方(進行方向)に接近し、転倒したとすれば、もはや事故を防止する方法は殆んどない。そして、老人や幼児が右のような行動に出ることは珍しいことでもない。それで、このような場合における自動車運転者は、先ず歩行者が車の後方に接近しないよう万全の措置を執りつゝ運転(後退)をしなければならぬ義務があると解されるから、運転者たるものは、事故を未然に防止すべく、附近の歩行者に対し、警笛を用いずして自動車が後退している事実を明瞭に覚知させる方法を執らねばならず、そのため、いわゆる半クラツチ(エンヂンの動力の半分のみを車輪に作用させる)にして最徐行をするばかりでなく、エンヂンを空吹きさせ(エンヂンの動力の残り半分を車の後方に噴出させる)、車の後方でけたたましい騒音を発しつゝ後退を続けねばならぬ等の義務があると解するのが相当である。

(二)  ところが被告山口は、前示認定のとおりエンヂンの空吹き等の措置を執ることなく静かに後退を続けたため、ダンプカーの後方に走り込んで来た被害者奈緒美に対し同車が後退していることを覚知させることができず、同女を車のすぐ後に立止まらせて本件事故を生じたものである。もし、同被告が右措置を執りつゝ後退を続けていたとすれば、同被害者としてもダンプカーの後退を覚知し、その後方に走り込んで来なかつたであろうし、仮に走り込んで来たとしても車の後方に立止ることなくす早く走り抜けていたであろうことは想像するに難くない。

(三)  従つて本件事故は、被告山口が、「本件のような場合にはエンヂンを空吹きさせつゝ後退せねばならぬ。」と言う運転者の注意義務を怠つた結果であり、もとより不法行為に該当する。

五、次に、被告らの主張する原告側の過失について按ずるに、前示認定の各事実と甲第二一号証の一及び検証の結果によれば、本件事故現場たる横断歩道は、普段これを横切る大型自動車を見ることはできず、僅かに、弥生市場に出入りすると思われる小型貨物自動車、オートバイの類をときどき見かける程度であることが認定できるから、未だ交通頻繁な道路とは言えず、従つて、監護者もなく本件被害者を同道路に放置したからと言つて、保護者たる原告側に過失があるとは認め難い。それで被告ら主張の過失相殺は採用できない。

六、ところで原告らは、被害者奈緒美の死亡により同女が将来得べかりし利益一五二万円を喪失した旨主張するので判断する。死亡者が未だ就職していない未成年者であつても、やがて就職し、親族(例えば老母)を扶養するため生活費以上の収入をあげるであろうことが確定的に予見される場合は、将来得べかりし利益を喪失したと言えないこともないけれども、本件被害者奈緒美は未だ六歳にも満たず、仮に原告主張の生命表にある六三歳まで生存したとしても、果して生活費以上の収入を挙げるか否か全く不明である。なるほど満二〇歳から五五歳までの間は、原告ら主張どおり月額一七、〇〇〇円程度の収入は可能であろうけれども、独身世帯の生活費が僅かに月額六、五六二円であるとの原告らの主張は到底肯認できないし、また、二〇歳に達するまでの間、更に、五五歳を超えた後においても、なおかつ相当の生活費を要することは明かであるから、原告主張の右収入が可能であるからと言つて、直ちにその一部が生活費以上の収入であるとは言い難い。従つて、被害者奈緒美のため財産侵害による損害賠償請求権を認めることはできないから、これを相続したとの原告らの主張は、採用の限りでない。

七、次に、原告ら主張の葬式費等の支出による損害額であるが、成立に争いのない甲第九号証と原告両名各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告らは、本件事故による奈緒美の死亡のため、これを診察した医師に対し金一、〇〇〇円を支払い、また葬式費用として金四〇、三〇〇円を支出したことが認定できる。この認定に反する証拠はない。従つて、原告らは財産上の損害として合計四一、三〇〇円の損害を蒙り、その賠償請求権を有するところ、これは可分債権であるから、特段の事情のない本件の場合、原告らは、それぞれ金二〇、六五〇円宛の損害賠償債権を有するものと解さねばならぬ。

八、最後に原告ら主張の慰藉料について審按する。当事者間に争いのない原告らの家族関係と原告両名各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によつて認める原告夫婦の学歴、経歴及び人柄等がそれぞれ原告ら主張のとおりである事実から見れば、本件事故による原告夫婦の悲しみや怒りが到底金銭をもつては償えないほど深く、かつ、烈しいものであることは容易に想像できるけれども、しかし、本件事故発生の原因が前示認定のとおり無暴操縦でもなく運転技術の著しい拙劣でもなく、不可抗力に近いとさえ思われる事情にある点を考慮すると、本件慰藉料は原告らに対しそれぞれ金三〇万円宛(合計六〇万円)を支払うをもつて相当と認定する。これに反する原告らの主張は採用できない。

九、従つて被告山口は、不法行為者として前示各損害を賠償せねばならぬのであるが、その使用者たる被告会社は、民法第七一五条第一項但書に規定する選任と監督につき充分の注意を尽した旨抗弁する。按ずるに、証人駿河幹雄の証言によれば、被告会社としては、被告山口を雇入れるに当り運転経歴や家族関係を調査する等相当の注意を尽したことが認められるけれども、被告山口の業務執行に対する監督については、右証言によつても、未だ相当の注意を尽したものとは認定し難く、ほかにこれを認めるに足る証拠もない。それで右抗弁は採用できず、被告会社としても、被用者たる被告山口と同じく本件損害賠償責任を免れないことは言うまでもない。

一〇、よつて原告らの本訴請求中、不法行為者である被告山口及びその使用者である被告会社に対し、原告らのそれぞれ蒙つた財産上の損害金二〇、六五〇円宛、並びに精神上の損害金三〇万円宛、合計三二〇、六五〇円宛及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和三三年四月六日以降完済まで年五分の割合の遅延損害金の連帯支払を求める部分は、これを正当として認容すべきであるけれども、じ余の請求部分は失当として棄却すべきものである。それで、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条第九三条、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例